去年の夏から少しずつ意識するようになった「ご縁」という言葉があります。この言葉は、私にとって都合が悪い時や綺麗にまとめるために使う感覚でした。例えば、面接に落ちた時に ”ご縁がなかった” と使用したり、恋人と別れを検討する時に ”本当に運命だったらまたご縁があるよ” など納得させる時に使っていました。ですが、今年休職に入ってから「ご縁」の考え方がガラッと変わったのです。その変化について少し今日は書き残そうと思います。休職のきっかけは前回の記事で書いたので、詳細は割愛します。気になる方は、前回の記事をぜひ読んでみてください。文中の()は前回と変わらず私の心の声です。
休職に入る前までの人間関係
休職に入る前までの私にとって人付き合いは希薄であっても特に気に留めていませんでした。というのも、幼少期から父親の仕事の都合で学校が3年に1度当たり前のように変わるような生活だったこともあり、人間関係を深めるという考え方がそもそもなかったのです。大学以外で長く通った中高一貫校も高校1年の途中で転校するとなり、登校最終日に多くの人からプレゼントや手紙をもらいました。ただ ”連絡を取り続けようね!”と言った人ほど連絡は途絶えていき、結果残った人は片手で数えられるぐらいでした。その時に ”どんなにぶつかって喧嘩して仲良くなっても人生のフェーズが変われば人との繋がりは希薄になっていく。だったら、人間関係って互いにとってその一瞬だけ楽しければいいんじゃない?” とより強く感じるきっかけになりました。自分がいかに楽しいかそして自分にとって正しい価値観であるかだけが重要で周囲の人の楽しみや価値観はもっぱらどうでもよく、よく人を傷つける言動や行動をしていたと振り返ると思います。
(今思えばただの自己中心な嫌なやつ…)
そんな状況のまま、大学生になりほぼ大半の時間を大学が運営している寮で過ごしました。入寮当時は、他の寮生とどう接していいのか分からず自分の指標に合わない人は悪であることを口に出していました。当時の寮友達からはど正論パンチよく投げていたよね〜と言われます。そんな生活を2年続けた時に人生で初めてこの考え方を見直す1つ目のきっかけができたのです。それは大学時代に関わった非営利団体でとある開催地域のイベントリーダーを務めることになったことでした。計20人前後の海外の大学生と日本国内の大学生をまとめ、県と地域の教育委員会の方と協力しながら1年以上かけて高校生用のサマースクールを作り上げるという団体でした。チーム内には今まで自己中心的で甘ちゃんな私を温かくサポートしてくれる人もいれば、苛立ちを直接向けてくるメンバーもいました。メンバーが口をきいてくれないなどもあり、人間関係の壁にあたる度に悩みましたが、相手の苛立ちに対してどのように向き合えばいいのか最後まで分かりませんでした。当時は、自分が運営の経験が少なく具体的な解決案を提示できないことが周囲を不安にさせる理由であると考えていたのですが、今思えば相手の立場になってその悩みに寄り添って一緒に考えるという行動がまずできていなかったことが1つの大きな原因なのだと思います。
(私が気づいてないだけでもっとあるんだろうな。もう関係が切れているから聞けないのだけど…)
大学も無事卒業し、大手外資のコンサルティングファームに就職した私は、大学時代は許容されていたことが全く許されない日々に心が折れそうになっていました。事実(FACT)だけが重要な現場であり、日々の仕事の進捗も年度末評価に使う自身の成長指標も全て数字で表すことが求められました。コンサルティングファームの文化がより顕著なのもあるかも知れませんが、社会人では当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。努力の過程や姿勢で評価されてきた自分にとってはかなり厳しい世界でした。良い評価を残すことを何よりも大事だと思っていた私は、FACTを何よりも重視する人になり、仕事を進めるためには無駄を省くようになりました。希薄な人間関係という観点ではあまり変わりはなく、寧ろ自分の利益になる人とは付き合う、そうではない人とは付き合わないという形でより磨きがかかっていたような気がします。私生活でもピリピリした雰囲気を纏い、自分の価値観が正しくて相手の考えが寧ろおかしいと思わせる発言が多かったと身内に指摘されていました。
(当時は気に留めていなかったから、コンサル業界に染まっていたんでしょう)
休職後の考え方
今年休職に入ってから人生の全ての活動が止まりました。寧ろ自分の精神状態が悪くなってしまい全てを悪い方向に考えるようになりました。朝起きれない、ご飯が食べれない、公共交通機関にも乗れない。そんな自分の姿が自分の理想と乖離していて認めることができず、嫌になってしまうことが毎日でした。早く回復したいのに回復できない、焦れば焦るほど悪化する。そんな葛藤している姿を見て、色んな友人が周りから離れていきました。ただこの時の私の心境は、高校生の私とは全く違うものでした。というのも、初めて孤独である自分に耐えられなくなったのです。
そんなボロボロな私に対して定期的に状態を確認をし、電話をかけてくれる海外に住む友人たち。電車に乗れないと言ったら最寄駅や近場の駅に来てくれる友人たちやわざわざ車を出して迎えに来てくれる友人までいました。その時に思ったのです。なんて私はこの人たちを大切にしてこなかったのだろうと。自分に利益がある新しい人との繋がりを重視して、蔑ろにしてきたんだと。逆に楽しい時間だけを共有していた人は、話を上手く逸らしたり、前向きな言葉を投げて会話を終わらせてきたりしました。相手にとって都合が悪かったのです、単純に。その事実と目が合った時、私はやっと人との「ご縁」について考えるようになりました。
こんなややこしい状態の私を大事だと言ってくれる人を大事にしたい。その人が大変な時に寄り添ってあげたいし、その人の幸せを何よりも願うようになりました。ただその気持ちとは裏腹に自分の体調が悪く寄り添えない時もあり、電話を切った後、会った後に自分の話ばかりで相手の話を聞いてあげられなかったと反省することもありました。その時に自分の生活や精神状態が良くなければ大事な人を支える人にもなり得ないんだと気づきました。振り返ると大抵体調が悪くなるのは、私が無理やり付き合い続けている人との関係性が悪化することが原因でした。失っていい関係が原因で失いたくない友人に向き合えない本末転倒な状況が起きていたのです。その時に初めて人を失うことの恐怖心のような感情も湧いてきました。
(本来もっと早い年齢で気づけているのかな…ちょっと気になる)
今では、失ってもいいと思う人からは静かに離れる努力をしています。実際私を攻撃するような人との関係は手放しました。でもそうすると、少しずつ自分の中に余裕が出てきたのです。時々暇だなぁと思う時もあります。でもそんな時にこそ新しい出会いが舞い込んでくるのです。そして不思議なことに新しく出会った人はなんとなく自分と同じ考えを持っていたりします。まだ大事にしたいと思える関係性になれるかはわかりません。でもお互いを利用するような関係性ではなく、相手を自分の色で染める人ような会話があることもなく、ただただ相手を尊重できる人たちばかりなのです。東京都に約1400万人以上いるはずなのにそんな人と偶然出会えて繋がる。そんな前向きな人間関係を私は初めて「ご縁」と呼びたくなったのです。
ご縁は巡るものだから
最近出会った方の話を聞いていくとその方も誰かを手放したばかりだったりもします。手放したくなかったけど、気づいたら相手が離れていってしまったケースもあります。でも相手が離れていってくれたからこそ私がその空いた余白に入れたのかもしれない。そうやって「ご縁」って循環するものなのではないかなと私は考えています。固執してしまう人間関係もあります。でもそれって不自然なのかもしれません。本当は離れてしまう方が水が流れるはずなのに、止まることによって腐ってしまう。そしたらいっそのこと流してしまった方が清いのかもしれません。人間関係だけではなくて、モノでも考え方でも同じことが言えるのだと思っています。それって全部「ご縁」なんじゃないかな。
あぁ、もう朝4時だ。そろそろ寝ようかな。